2016年、オハイオ州立大学が
「完璧な謝罪法」の研究をしています。
そこで「許される謝罪」には、
次の「6つの要素」が
必要なことがわかりました。
この6つができるかどうかが、
「許される人」「許されない人」を
大きく分ける決定的な差になります。
①「後悔の念」を表す
「本当に申し訳ない」
「謝っても謝り切れない」
②「原因」を説明する
「自分の不手際であった」
「心に隙があった」
③「責任」を認める
「私の責任である」
「すべての責任は私にある」
④「反省の弁」を述べる
「猛省をしている」
「心から反省している」
⑤「改善策」を提示する
「これまでの行いを正す」
「これからは絶対に〇〇はしない」
⑥「許し」を請う
「どうか許していただきたい」
「もう一度チャンスを貰えないだろうか」
この6つはできている人からすると
当たり前に感じられるかもしれませんが
できていない人の方がパイは大きいです。
嘘ついてごまかそうとする人は
一生嘘をつき続けます。
してしまった過去は変えられません。
でも、
謝れなかった自分と謝れた自分
どっちと付き合っていくかは
自分で選ぶことができます。
常に正直で、誠実でしっかりと
謝れる大人でありたいですね。
人だから間違うこともあります。
でも、それは、
恥ずかしいことではないですね。
失敗すれば、間違えれば、自ら認め謝る。
謝ることは
恥ずかしいことではないです。
謝らないことが恥ずかしいですね。
かっこいい大人って、謝れる人。
謝るって、かっこいい!
謝るって、勇気がなかったらできないこと。
したことの後悔は日に日に
小さくなりますが
しなかったことの後悔は
日に日に大きくなります。
自分の失敗、間違いに対する、
嘘や言い訳は見苦しいし、
自分を正当化しても後悔するだけ。
ミスをした時に人のせいにするのか
泣きながらでも謝るのか、
絶対後者の方がかっこいいですね。
もし、その場で謝れなかったら、
遡(さかのぼ)ってでも、
「あの時はごめんね」って言える人は
信用ができる人。
時効だと思って接してくる人、
ちゃんと「ごめんね」が言えない人は
簡単に信用しちゃダメです。
ちなみに、
「それは悪かったと思っている」は
その人の感想であって、謝罪ではありません。
「申し訳ないと思っている」も
謝罪ではありません。
謝る準備段階って感じ。
本っ当にお詫びの気持ちがある人は
「すみません」とも言いません。
上の6つの要素を兼ね備えた上での
「ごめんなさい」もしくは、
「申し訳ございません」のどちらかで
ちゃんと謝れていることになります。
謝罪1つでも心からなのか
義務感なのか、わかりますね。
END