
ほとんどの人が「自由」と聞くと、
お金がたくさんあり、
働かなくて良くなり、
どこに住んでもいいことといった
物質的なことを自由だと思っています。
時間やお金、その他、
モノを所有することなど。
こうしたモノを手にいれることが
できる自由は「物質的自由」です。
でも、圧倒的な自由を
手に入れている人たちの共通点は、
物質的な自由を手にいれる遥か以前から、
「精神的な自由」を
獲得しているように思います。
どれだけ物質的な自由を
手に入れていているように見えても、
「あの人に劣っている」
「お金の不安がある」
「悩みが尽きない」etc.
と、精神的に不自由な人たちもいます。
そういう人はどこまでいっても、
不自由さを感じながら生きています。
一方で、圧倒的な自由を手に入れている人は
必ずと言っていいほど、
精神的な自由を獲得し、
その後、物質的な自由を手に入れています。
この順番がとても大切です。
精神的な自由とは…
「他者からの期待・ルールよりも、
自分の基準が高いこと」です。
たとえば、
疲れているから寝ていたいのに
出社しなければいけない…
食べたいものがあるけど
肝臓の数値が悪いから
食べ物やお酒を控えないといけない…
「不自由さ」を感じるでしょう。
でも、「朝早くに起きて仕事をしたい」
「運動もしたいし、健康的な食事をしたい」
だったら・・・?
不自由さを感じないはずです。
つまり、精神的な自由を
手に入れているんですよね。
周りがあなたに期待していることや
状況に縛られたルールよりもあなたが
自分で選んで生きている
生き方の基準が高いこと。
それが自由の本質です。
ぼくは「お勤め」が悪いとは思いません。
でも、なりたいとは思いません。
だって、疲れたまま、
あらゆることを決められて
自分に決定権がない生き方だからです。
だって、働く場所、労働時間、業務内容、
給料も決められていますよね?
来年の給料と休日日数、
もう、わかっていますよね?
つまり、生涯賃金も計算したら
わかるじゃないですか。
そして「疲れが取れない」っていう人…
当たり前じゃないですか。
人は『与えられた休み』だけでは
心が整うことはないですよ。
『自分でつくる休み』が必要なんです。
あと・・・
「心が傷つくわかりやすい出来事」よりも
「心が少しずつ削られていることに
気がつけない出来事」のほうが
だいぶダメージが大きいですよ。
たとえば、
満員電車、長時間労働、サービス残業、同調圧力。
自分を騙し、心をすり減らしながら
働くことに慣れたら絶対ダメですよ。
・
・
・
大人のみなさん、休むこと、
サボっていませんか?
休んで、自分との対話を増やして、
自分の基準を上げることです。
「ラクしたい」
「ゴロゴロしていたい」
そんな基準の人が他人よりも
自由度の高い生き方や仕事が
できるわけがありません。
精神的な自由を獲得したら
どんな自分になれてそうですか?
今年残り181日!
よーし、今日も寝るまで努力するぜ!
よっしゃー(^O^)/
END










