
優しいという字は「人」の横に
「憂い」が立っていますよね。
「憂い」って・・・
悲しみ、なげき、心配、わずらいとあり、
心が嘆き悲しむことを表現した言葉です。
人のために涙できる人。
また自分自身が悲しみを知っている人。
そういう人が初めて
人に優しくできるんだと思います。
女性のカバンを持って歩く男性が
最近、増えました。
そういう男性を「優しい」と思っている
勘違い女性も増えました。
真のやさしさを持つ人とは、
悲しみを知る強い心を持っている人です。
人の痛みをしっかり受け止められる人だけが
「やさしい人」という称号を得られるんです。
「やさしさ」とは
強い立場の者が弱い立場の者に、
その強さを行使しないこと。
強い態度でなく同じ目線まで
下りて笑顔で話すこと。
ぼくは、そう思います。
最近も20代の子には、よく言っています。
「20代でたくさん失敗しておきなよ。
たくさん失敗した人が
たくさんの人を救えるよ」って。
やったことは、たとえ失敗しても
20年後には笑い話にできます。
でも、やらなかったことは、
20年後には後悔するだけです。
もちろん、人よりも行動している分、
悲しいこともあるだろうけど
そんな人ほど、人の痛みがわかる
温かい心があってやさしい眼をしています。
やさしい人ってあまり目立たないです。
でも、だからこそ、やさしい人には
絶対に気付きたい。。。
人は「してほしいことをしてくれる人」の
やさしさにはすぐに気づくのに、
「しないでほしいことをしないでいてくれる」
やさしさには気づきにくいんですよね。
嘘をつかない、裏切らない、否定しないとか。
この世界には「見えないやさしさ」が
たくさんあるんだよね。
ぼくは、みんなから見たら
晴れた顔の人も、ぼくにしか、
見つけてあげられない曇った心を
必ず見つけてやれる男でありたい!!
ぼくは、だれかが背負いこんでいる
心の荷物をおろしてあげたいし、
その人の人生に雨が降っていたら
自分の傘をそっと差し出せる人でありたいです。
他人にやさしい人は
たくさん苦労してきた人。
そして、
他人のやさしさを信じれない人ほど
苦労をしてきていない人だと思います。
自分が辛いときに手を差し伸べてくれた
人のことって、一生忘れないんです。
そんなことをされると、自分も、
手を差し伸べられる自分でありたい
って、思うはずです。
自分が、やさしくないから
他人のやさしさを信じれないんです。
人のやさしさは行動した人にだけ
見える景色なんだよね。
今年残り46日!
よーし、今日も社会貢献してくるぜ!
よっしゃー(^O^)/
END










