先日、演歌歌手の五木ひろしさんの
トークショーに参加しました。
その中で、対談されていた
作詞作曲もする実業家の方が、
こんなことを言っていました。
この曲、誰が書いたの?まで
頭が回らない人ばかり。
たしかに、「髭男の曲いいよね」
「あいみょんの曲いいよね~」
っていう会話はあるけど、
「〇〇が書いた曲いいよね」
っていう会話はあまり、
聞いたことがありません。
だけど、ぼくには、少し、
その感覚がありました。
たとえば、東日本大震災が
起こってからCMで、よく、
こんなフレーズが流れていました。
『心』は誰にも見えないけれど、
「こころづかい」は見える。
『思い』は見えないけれど、
『思いやり』は誰にでも見える。
その気持ちをカタチに。
東日本大震災以降、ほとんど毎日、
テレビでACジャパンのCMで
流れていたもので、詩人で作詞家の
宮澤章二さんが作った
「行為の意味」という詩の抜粋です。
ぼくは、こんなステキな詩を
書いたのは誰だろう?
なんで、こんなステキな言葉が
出てくるんだろう?と思いました。
ステキな言葉を書ける人は
強烈な嫉妬(尊敬)をします。
心動かす言葉を言える人って、
たくさんの喜怒哀楽を
経験してきた人だと思うんですよね。
だから「何が書いてあるか」よりも
「誰が書いたか」が気になります。
だれかの名言よりも
その人の経験が知りたいんです。
SNSでもぼくが読みたいのは
「客観的な事実」ではなくて
「その人の主観」なんですよね。
人はこの3つによってできています。
「読んだもの」
「見たもの」
「聞いたもの」
この当たり前のことを忘れがちな人が
すごく多いです。
棚ぼたじゃないんですよ。
人格者は人格者になりたいと思って、
努力しているんです。
人格者になるためのものしか耳にしない、
目にしないように意識しているんです。
言葉って、その人の思考そのもの。
思っていない言葉は出てきませんから。
ステキな言葉が言える人って、
やっぱりステキな人なんです。
経験も不足していて、性格も悪い人が
ステキな言葉なんて言えないもん。
社会人になったら受験はありません。
でも、結果は毎日出ています。
END