
優しい人の周りには、なぜか、
依存体質な人が集まってきます。
そして、その関係は、優しさで、
保とうとするほど歪んでいきます。
頼まれたら断れない、
困っている人を見ると放っておけない、
自分が少し我慢すれば丸く収まる
と思ってしまう…
そうやって“優しさ”で人間関係を
保ってきたはずなのに気づけば
雑に扱われ、軽く見られ
『都合のいい人』になってしまっている…
仕事では、本当は手一杯なのに
『大丈夫です』と引き受けてしまう、
断れば済む話なのに、その後の、
空気を想像して言葉を飲み込む、、、
友人関係でも同じです。
夜遅くに届く長文の愚痴に、
疲れていても返信してしまう。
恋愛では、相手の都合に合わせてばかりで
自分の予定や気持ちは後回しになっていく。
その時は『相手のため』と思っているのに
なぜか大切にされている実感はない…
むしろ、頑張れば頑張るほど
扱いは少しずつ雑になっていく。。。
ここで、ひとつ見落とされがちな
事実があるんですよね。
それは、優しさが、
『人を選んでしまう』ということ。
頼めばやってくれる人
受け入れてくれる人
否定せずに話を聞いてくれる人
そういう人に対して、人は安心をします。
そして、その安心は、
少しずつ形を変えていきます。
『頼っても大丈夫な人』から
『頼っても許される人』へ。
そして、やがて、
『頼るのが当たり前の人』へと変わります。
こんなのは序の口で
問題は、その先です。
処理能力が限界に達して
『もう無理』と断ったとき・・・
それまで当たり前のように頼ってきた
相手が手のひらを返したように
その人を責めることがあります。
『そんな冷たい人だと思わなかった』
『今までやってくれてたのに、なんで?』
『困ってるのに助けてくれないんだね』
それまで『優しい人』として扱われていたのに
たった一度のNOで『酷い人』へと変身。
でもそれは、その人が、
変わってしまったからではありませんね。
ただ、これまで無理をして引き受けていたものを
本来あるべき位置に戻しただけですよね。
にもかかわらず、その変化は
相手にとっては『裏切り』のように映ります。
それが怖くなって、元に戻ってしまう・・・
そして同じことを繰り返す・・・
ここに、優しい人が抜け出せなくなる
構造があります。
『なんで私ばっかりこんなに頑張ってるんだろう』
『どうして大切にされないんだろう』
そう感じるのは当然ですよね。
ボクも、そうでした。
・
・
・
与え続けた人って、与えてもらった側の人から
与え方が悪いって文句を言われ始めるし、
最初は「ありがとう」って感謝されるのに、
続けると「当たり前」になって、
やめた瞬間「裏切り者」になる・・・
他人をフォローをする上で人は、
「全く手を差し伸べない人」よりも、
「 差し伸べた手が不十分である人」に対して
他人は怒りを向けるということを
リーダーは覚悟しないといけないんだよね。
で、そんな状況の中でも多くの人は、
ここでこう考えてしまいます。
『もっと優しくしなきゃいけないのかもしれない』と。
それが、さらに状況を悪化させます。
なぜなら、本当に優しい人は
依存体質な人から見ると、
少し冷たく見えるからです。
・すぐには助けない
・簡単には引き受けない
・必要以上に踏み込まない
それは不親切なのではなく
相手の主体性を奪わないための距離です。
ぼくは、30代になってから、
それが徐々にできるようになり、
今年はもう、それが、
完璧にできるようになりました。
このタイプの優しさを「冷たい」と
感じる人は依存体質な人です。
精神的に自立した人だったら
この優しさの意味と偉大さがわかります。
一方で、いわゆる『優しい人』は
その距離を取ることができません。
頼まれれば応え
求められれば与え
気づけば自分の負担が増えていく…
ここに、大きな誤解があります。
優しさとは『何をしてあげるか』で
決まるものではありません。
むしろ本質は、
『何をしないでいられるか』にあります。
相手の不機嫌を、自分のせいにしないこと
(感情の責任を負わない)
先回りして、転ぶ前に石をどけてしまわないこと
(手を出さない)
そして、相手が自分で決める選択を奪わないこと
(主体性を守る)
どれも地味で、即効性はありません。
その場で評価されるものでもありません。
でも、こうした『しないこと』は
時間をかけて関係の土台をつくっていきます。
逆に言えば、ここが崩れてしまうと
どれだけ表面的に優しくしても
関係は歪んでいくんです。
都合のいい時だけ、頼ってきて、
都合のいい時だけ、感謝される。。。
もし今、優しさで疲れているのなら
足りないのは優しさではないと思いますよ。
必要なのは、優しさの使い方を見直すことです。
・
・
・
ぼくは「いい人風」じゃなくて
本当に「いい人」でありたい。
・
「やさしい人に見られたい」わけじゃなくて
「やさしい人になりたい」
・
人は「見え方」を磨こうとするけど
ぼくは「在り方」を磨きたい。
・
評価より人格。
印象より本質。
・
「そう見える人」じゃなく、
「そうある人」でいたい。
・
そう思っています♪
・
・
・
今年残り163日!
今日も寝るまで努力するぜ!
よっしゃー(^O^)/
END










