先日、映画「プラダを着た悪魔2」を
観た感想をブログに書きました。
そして、数日後、ぼくがマークしている方も
観に行ったことをSNSで知ったんですが、
その方が書かれていた感想のレベルが
高かったので、シェアします。
観たかった映画に行ってきた。
『The Devil Wears Prada2(プラダを着た悪魔)』
“ファッション映画”としてだけではなく
「自分の才能を、どう社会の中で使って生きるか」
「誰の価値観で成功を定義するか」
を描いた作品だから、
私も含めて、ある時期の女性には、
特に深く刺さるのかもしれない。
驚いたことに・・
『The Devil Wears Prada 2』は、
前作から20年の時が経っている。
あの頃の自分に、
さらに20年が足されると・・、
同じ物語でも、
見える景色はまったく変わっていた。
以前は、主人公アンディの成長に
自分を重ねていた。
けれど今は、60代後半から
70代前後であろうミランダの孤独や責任、
そして「仕事を極める人間の覚悟」に、
心が強く動かされた。
本気で仕事をしている人ほど
華やかさの裏にある孤独
結果を出し続けることへの圧力
理解されない努力や時間
“好き”だけでは続けられない現実
を知っているのだろう。
それでもなお、前へ進み続ける人の姿は、
やはり美しい・・と思った。
もう一つ、心に残ったのは、
ミランダを支え続けてきた存在――
ナイジェル(ビジネスパートナー)の姿。
私は、ナイジェルが好き。
ミランダの凄さと美しさは
完璧で強い存在のように見えて
不完全さを誰よりも理解して
支えを必要としている存在であること。
そしてパートナーの凄さは、
相手の光と影、そのすべてを知った上で、
それでも隣に居続けるという選択をしていること。
表には出ないけれど、
その世界を理解し、支え続ける人がいるからこそ、
頂点に立つ人は、その場所に立ち続けることができる。
成功とは、決して一人で
築くものではないのかもしれない。
誰かの覚悟の裏には、
それを支え続ける、もう一つの覚悟がある。
その関係性の中にこそ、
本当の強さと美しさがあるのかも。
完璧な人はいない・・不完全さの中でも
誰かの支えに気付き、感謝して
自分の覚悟の中で生きようとする人は
カッコいいな…と思った。
自惚れるわけじゃないけど、
ぶっちゃけ、着眼点は、ぼくにも、
この方と似たとこもあったと思う。
でも、言葉選びや、表現力とかが
まるで違う。全然違う。
映画のレビューを書いているようで
自分の人生観を語っている。
「面白かった」
「感動した」
「ミランダが素敵だった」
一般的には、このレベルの感想文が
多いだろうけど、この方は、
映画という鏡に自分の年齢、価値観、
仕事観まで照らし合わせている。
昔はアンディに共感していたのに
今はミランダに心が動くんですね…
たしかに若い頃は挑戦する側に
感情移入しやすいのかもしれないね。
でも、歳を重ねると
「責任を背負う側」
「結果を出すことが当たり前の立場」
「孤独を隠す人」の痛みが見えてきて
そっちに共感するからだと思う。
ボクなんて、まだまだだけど、
ボクでも、両方の気持ちがわかる。
あとは、
成功とは、決して一人で
築くものではないのかもしれない。
その関係性の中にこそ、
本当の強さと美しさがあるのかも。
この〝言い切らない〟感じ。
ぼくは、言い切る人の方が
魅力を感じるタイプだったけど
「断定しすぎない知性」に
魅力を感じたのは初めてでした。
でも、この言い切らさは、
自信がないわけでもないし、
弱いわけでもない。
人生の複雑さを知っている人の余白
って感じがした。
あと、
「華やかさの裏にある孤独」
「〝好き〟だけでは続けられない現実」
「もう一つの覚悟」・・・
具体的すぎる表現に
実体験の匂いがプンプンする。
(この人、いろんなことを
乗り越えてきたんだろうな)って思う。
知識がある人って、いっぱい居る。
評論家って、いっぱい居る。
でも〝痛み〟とか〝責任〟について
臨場感を出して書ける人ってほぼ居ない。
人生経験が多い人は感情を
名前じゃなくて、質感で表現するんだね。
たとえば、
「寂しかった」じゃなくて
「人混みの中で自分だけ音が消えている感覚」
みたいな感じ。
こういうのって、語彙力があるだけじゃ
出せない表現だと思うんだよね。
いや~マジで実力差を感じる。
くっそ~、悔しい。。。
すごいな~。
人生、何周したんだろう?
っていう成熟度を感じる。
同じ作品を観ても感想に人生が出る
ってことを学んだような気がします。
今年残り231日!
よーし、今日も寝るまで努力するぜ!
よっしゃー(^O^)/
END










