
今日で東日本大震災から15年です。
15年前のあの出来事を風化させては
いけない!とぼくは思います。
ぼくは東日本大震災が起きた年に、
3回ボランティアで被災地を訪れました。
何か、力になりたかったし、
何か、励みになりたかったからです。
でも、まだ、ご自身や家族が一番大変で、
食料も全く行き届いておらず、
底冷えがひどい体育館の中を
段ボールで寒さをしのぎながら
寝ている人もいるのに・・・
ぼくたちを思いやって下さる姿に
胸が苦しくなったことを覚えています。
3,11は自分にとって決断の日。
日本を元気にするために、
2011年の3.11に
生き方を変える決断をしました。
与える人生、貢献の人生を生きよう!と。
ぼく1人がボランティアに行っても、
大して変わらないかもしれません。
でも、ボランティアに行って、
ぼくの人生が変わったんですよね。
だから、もっと人の想いに寄り添えたり
人の痛みがわかる人になりたいです。
そのために必要なことは想像力だと思います。
相手がどう感じているのか、
どう思っているのか、
何をしてほしいのか、
何を言ってほしいのか・・・
で、その想像力っていうのは、
一朝一夕で得られる能力じゃないし、
生まれながら持っている力でもないです。
人生経験が少ない人は他人の痛みを
想像できる頭がありません。
だから、自分が挫折したときに、
人の気持ちがよくわかりますよね。
その経験があるから自分事にできるわけです。
ここで思い出したい東日本大震災のあとに、
盛んに流れたCMがありました。
「こころ」は誰にもみえないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」は誰にも見える
ぼくは、このフレーズに痺れて、
今もずっと心に残っています。
だって、たしかに、
「こころ」は誰にも見えないけど
「こころづかい」は見えますよね。
同じように「思い」は見えないけど
「思いやり」は見えますよね。
心や思いは見えないから、
相手が理解できる言葉にして伝えたり
相手がわかる行動で示すことが大事ですね。
東日本大震災で友人と
連絡がつかない経験をし、
ボランティアで東北にも3度行って
言葉を失う光景を目の当たりにし、
人生観がガラリと変わりました。
いつ死ぬかわからへんな・・・
という気持ちが、心にありました。
やりたいことは先延ばしにしなくなり、
「また今度ね」って言わなくなりました。
あの世に持っていけないものを
貯めることに価値を見出せなくなりました。
親孝行するのにも期限があると思いました。
生まれたってことは余命があるってこと。
やりたいこと、やっていきます。
〝先に逝かれた方々の分まで、
今の自分は全力で生きているか?〟
今日1日くらい寝る前に、それを、
自分自身に問いかけませんか?
3,11は自分にとって決断の日。
日本を元気にするために、
自分にできる何かを!
と考え、実行する日。
微力かもしれませんが
無力ではない。
今日も生かされていることに
感謝していきましょう\(^o^)/
END










